子どものころの番町界隈の想い出といえば?
私は昭和18年生まれで、生まれてすぐ福島に疎開していました。
疎開から戻った時は、まだ番町・麹町界隈はあたり一面焼け野原でした。
当時、母方の祖父が木材を扱っていたので、
比較的早い時期に家を本建築で建てたのですが、
あたりにはなにもなく麹町大通りから六番町の家が見えたほどでした。
もともと、この界隈は武家屋敷で街の区画にはそうした雰囲気も残っていました。
番町界隈にはとくにその名残を残す大きな屋敷がありましたね。
それが高度成長にかけてこうした敷地が
次第にオフイスビルやマンションに変わっていったのです。
六番町界隈には古くからお住まいの方がいらっしゃるのでは

四谷見附からすぐ、雙葉学園の裏手は古くから成瀬隼人正のお屋敷でした。成瀬家は江戸時代を通してずっとここに屋敷を構えており、明治以降も成瀬家が残っており、戦前まではお住まいになられていたようです。(左写真:現在の雙葉学園の裏手道路)
その成瀬家の家中の末裔の方がいまでもいらっしゃいます。もしかしたら300年以上もお住まいなのではないでしょうか。今の雙葉学園の幼稚園のあたりでしょうか、戦前までは元禄長屋といわれるような武家の長屋が残っていたそうです。
番町・麹町界隈は文化人・有名人がお住まいでしたね。
明治期には、泉鏡花や有島武郎(左写真)、戦前は、島崎藤村や藤田嗣治。
戦後になって、内田百閒、初代中村吉右衛門、初代市川猿翁などが六番町にお住まいでした。
このほかにも調べれば調べるほど多くの著名人が番町・麹町界隈に住んでいたという事実に驚かされます。
子どものころにこうした人物との接点はあったのでしょうか?
実は、番町・麹町の歴史・人物に関心を持ったのは比較的最近なのです。
十年ほど前から、六番町の町会長をやることになってハタと気づいたのですが、
意外に自分は身近な地域のことをよく知らないなあと。
そんなおりに、千代田区のまちづくりサポート事業で「番町文芸地図」を提案したころ、これが採用されました。それからですね、詳しく番町・麹町界隈の歴史・人物を調べるようになったのは。
番町小学校に在学の頃、先生が「裏の内田百閒先生(左写真)がうるさいといわれているから静かに」などというようなことを聞いたような気がするのです。
内田百閒は長く番町小学校の裏手に住んですんでいたので、たぶん、当時どこかの路地ですれ違っていたのかもしれません。(笑)

【中華学校前にある内田百閒旧居の表示】
この界隈の、その後は?
私自身は,広告のコピーライターという仕事をしてきました。
勤務先も六本木や青山などが多かったのですが、その後フリーとして独立してからは、
また、自分が住んでいる番町界隈にオフィスを構えるようになりました。
ここもまた広告・メディア業界の人が集まるエリアですが、
六本木・青山界隈に比べると番町・麹町ははるかに落ちついた街ですね。
最近は日本テレビも本体が移ってから、さらに静かになってしまいましたが・・・
普段のランチなどは?
番町から麹町・半蔵門界隈は、けっこう食は充実しているエリアといえるのではないでしょうか。
だからお昼には困りませんが、自然とお昼を食べにいくところは決まってしまいますね(笑)。私の社内食堂はこのマンションの下の「文字平」さん。おススメです。
地域の賑わいの創出とコミュニティの活性化についてはいかがお考えですか?
これだけ多くの文化人・芸能人・著名人が住み生活していたこの界隈ですが、
実際には建物が残っているわけではありません。
たとえば武者小路実篤の生誕地などにも何も残っていません。
千代田区も「まちの記憶」という保存プレートをつける事業がありますが、あのようなものをもっと多く設置できればなあと思いますね。(右写真:六番町にある島崎藤村旧居跡のプレート)
ロンドンにはブループラークというようなものもありますね。
あれは、本当にそこに住んでいたとか、
出来事があったといってことぐらいしか書いてありませんね。
千代田区ではもう少し詳しく人物像が分かってもらえるような記載が欲しいですね。(右写真:六番町にある菊池寛旧居跡のプレート)
ブループラークには「シャーロックホームズここに住む」というようなフィクションもあるようですが。
フィクションもおもしろいですが、番町・麹町界隈は歴史的事実が豊富です。
まずはそこからということではないでしょうか。
テレビでは「ブラタモリ」などまちあるき番組が人気です。番町・麹町エリアでもまちあるきされる方が増えつつあると思いますが、生活者の視点からはどうなのでしょうか。
番町・麹町地区も今や、住宅と業務地が混在しています。まちあるきをされる方が増えることによって地域は活性化するのではないでしょうか。一般に、文人・歴史的人物のゆかり地を巡るというと文化的なように感じられるのですが、地元にとってはまさに商業活性化につながるんですね。
また、私のように地元に長く住んでいながら、地域のことを意外と知らなかった。そんな人が意外と多いのではないでしょうか。マンションなどいわゆる新住民の方々にとっても、自分の住む地域を知ることは決して悪いことではないと思います。
(上写真:麹町大通りから日テレ通りに通じる通称「番町文人通り」。文人の旧居跡などのプレートが多く設置されている)
そういえば昨年から映画の世界では時代劇ブーム。麹町と赤穂浪士には深いかかわりがあるとか。
地域のことを調べるようになって、
四番町の図書館で「麹町の赤穂浪士」という本を見つけたのです。
調べてみると浪士47士のうち、その3分の一の17人が決起に向けて麹町界隈潜伏していたと。年末に公開された映画「最後の忠臣蔵」の主人公寺坂吉衛門も
大石内蔵助の副将各吉田忠左衛門とともに麹町界隈に潜んでいました。
ただ、この話を始めるとまた1時間以上かかります(笑)
わかりました、それでは最後に、千代田区の中で新井会長のお好きな景観はどちらでしょうか?
そうですね。いろいろ好きなところが多いのですが、
住んでいる近くなら四谷見附跡でしょうか。(左写真)
江戸城というと天守のことが取りざたされますが、あそこにも昔立派な見附があったわけで、今残っている石垣などももっと大切にしてほしいですね。
ありがとうございました。